Gorobe Ame

Gorobe Ame
Item# CANDY018

Product Description

Gorobe Ame
This soft candy has more than 800 years history, from Aizu Wakamatsu-shi, Fukushima Prefecture





五郎兵衛飴のあらまし

昭和28年頃、当時「新平家物語」を執筆中の吉川英治先生より、我が家に伝わる武蔵坊弁慶自筆の賞状について問い合わせを受けて、その問いにお答えした事があります。

この弁慶の賞状というのは、源義経公が兄頼朝に京都を追われた「後の平泉落ち」の途中次我が家に立ち寄り飴を所望された際、その代金の借証文として残したものと伝えられ、文治4年(1189)午4月2日と記録されています。

我が家の宗祖(系図書によれば)前九年の役に「源頼義」八幡太郎義家に随い下向し土着したものとされ、飴練を業としたのは治承年間と伝えられるが、これは別説もあり詳かではない。しかし弁慶の賞状を受けてからも凡そ800年に及ぶもので、一寸、他に類を見ぬ伝統を有すものとして誇りうる事実でもあります。

その間、国主蒲生氏郷公より御用商として御判板と称する焼印の判板12枚を賜り、続いて代々の国守諸公を経て会津藩主松平公の御用達を受けたまわり、戊辰の際まで続いたもので、蒲生公、松平公共に我が家の飴を携帯食料の一部に供されたものと思われ、有名な白虎隊もこれを携行して戦いに臨んだことは史実に明らかで又殿中徒然のままに食されたと思われる殿中飴と称する物も現存しております。

明治以後は博覧会、共進会にも毎回表彰を受け、各宮家や著名人各位の御愛顧を賜って居り、正月、縁日、お日市等には欠かさず店を張り、商いを致して居りましたので、広く庶民に親しまれ愛されている次第です。

五郎兵衛飴の原料は、会津産優良白糯米を麦芽糖化に依って製造するもので、現在、大半を占める澱粉飴と異なり、滋養に富み、また品質良好で舌ざわりの良い事は医学的にも、また好食家各位にもすでに認められているものであります。

よろしく御試用の上尚御好評賜らん事御願い申上げます。

38代目 五郎兵衛

全国発送、市内配達賜ります。